2006年01月31日

私の炎症性乳癌について

このブログは手術目前の検査でみつかった骨転移からだけど、治療は昨年の6月末にさかのぼる。
炎症性はオレンジの皮のように、とか豚の皮のようにとかの所見がみられると言われるが私も例に漏れずだった。

平成16年7月 第2子出産
妊娠8ヶ月ころから胸が張る。特に左。だが、出産前にはある事だし、お腹も張り気味なので張り止めを服用。
当然、刺激になるおっぱいマッサージは厳禁。
出産後、母乳オンリーで育児。
上の子の卒園、小学校入学準備に追われる。

平成17年3月 生理再開
左のおっぱいはよく張ってるのにそろそろ母乳が止まるの?

       5月 発熱
もうおっぱいをやめようと思った。その熱はすぐ下がったし私の熱の後、子供も熱を出したので風邪かと思った。
この頃、主人の会社の健康診断を受けるが乳癌・子宮癌などは年齢が満たず。

       6月 助産婦さんを探してみてもらう。           マッサージしても左は透明の液体しか出ない。右は母乳がでる。もうこのころ断乳。乳腺炎を悪化させたと思ってた。この助産婦さんに外科的処置がいるだろうといわれ、個人の乳腺外科を紹介してもらい、その日の夕方に子連れ受診。
その日に触診・マンモとし、翌日そこで針生検。
3日と待たずに呼び出され、子供を膝に乗せての告知。
この時、すぐには切れない事・抗がん剤をする事・そののちも全摘は免れない事を聞いた。
が、炎症性という名は私から切り出した。
抗がん剤治療はやはり大きな病院じゃないとという事で、先生が前に外科部長をされてた病院に紹介状を書いてもらう。その場で・・・
翌日、今の主治医の初診察。
触診でしこり10センチとメジャーを当てられた時、もう死ぬ・・・と思った。
「その10センチは全部癌ですか?お乳は残ってませんか?」
と聞いた記憶がある。
抗がん剤治療開始と転移の有無を調べる為、入院することになった。
     
       6月28日〜7月2日 入院
初日、FEC投与。
3日目、骨シンチ・超音波・CT(上腹部)・マンモ
4日目、内科受診。原発性家族性高脂血症の投薬もはじめる。
5日目、検査結果。
第8肋骨に反応ありと、すい臓が腫れてるとのことだが転移はないだろうと
いわれる。事実、詳しくどちらも調べ直したがクリアー。
すい臓は高脂血症からくるもので、妊娠中も急性膵炎になったらあかんといわれずっと調べてた。この腫れも年末の検査では戻ってたらしい。

初めての抗がん剤。てっきり吐くのかと思い、洗面器を脇に置いて臨んだが
なんの音沙汰もなく終わる。
それより1日の息子の誕生日に帰れなかった事、病室が小児科に近くて夜になるとお子さんの泣き声が家にいる自分の子供の泣き声のような気がしてつらかった。

     



posted by ぶげまま | Comment(26) | TrackBack(0) | 乳癌のこと
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